花ハウスだより

相撲部屋で学んだ落ち着きの大切さ~介護という土俵で再出発【花ハウスの人々13】

★IMG_9899.JPG

横綱の付き人

 介護職員のYさん(27)は力士出身です。しこ名は吉ノ富士、通算成績は67勝87敗。横綱・日馬富士(はるまふじ)関の付き人を務めたこともあります。十代半ば、学校より相撲部屋で人生に大切なことを学んだと、当時を振り返ります。

 不登校だった中学時代、体格の良さを見込まれ、先生から「相撲をやってみないか」と誘われました。全く練習しないで出場した川崎市の大会でいきなり3位に入賞します。自分より大きな相手を投げ飛ばす爽快感がたまりませんでした。平日は学校を休みましたが、週末は相撲の練習のためだけに学校に足を運びました。

 そのときは高校には通いたくありませんでした。中学の先生が探してきてくれた相撲部屋に見学に行き、入門を決めます。腕っぷしに自信があったので、「自分ならとんとん拍子に出世できるかも」と思いました。ですが、いきなり壁にぶちあたります。新弟子検査の合格者が挑む前相撲で、5連敗を喫します。「無敵だと思っていた自分が、こんなに簡単に投げられてしまう。『井の中の蛙』でした」

★1IMG_9994.jpg

自分より体の大きな相手を投げ飛ばす快感

 途方もなく食べることが、苦痛でした。茶碗で4杯分もあるボウルで、ご飯を3杯食べるのがノルマ。鍋におかずもあります。食事の途中で苦しくなって、トイレで吐いて戻ってきても、また食べ続けなければなりない。上下関係は厳しく、理不尽なことも多く、「もう続けられない」と実家に電話しました。

 そのとき親に言われたのは、「3年は続けてみたら」という言葉でした。辛抱して続けた3年目、横綱・日馬富士関の付き人になります。横綱について日本中を回り、各地の郷土料理を味わいました。「お前は体が小さいから、一日三十番は取ったほうがいい」とは横綱からもらったアドバイスです。間近でみる横綱の日常には学ぶことが多かったといいます。取組前に何を食べて、どう気持ちを整えるのか。四股(しこ)や蹲踞(そんきょ)といった所作も美しく、神事に根差した相撲の神髄に触れたように感じました。

芽生えた新たな向上心

 最後は序二段の十九枚目で引退しましたが、相撲部屋で得たものはたくさんありました。苦しくても我慢する忍耐力、大きなものに立ち向かう勇気、ちゃんこで鍛えた料理の腕、高校でまた学びたいという気持ち......。ですが、一番大きなものは「落ち着き」です。相撲の取り組みで、相手と向き合い構えるとき、自分の心臓の鼓動が聞こえてくるほど緊張します。頭から当たろう、まわしを取って投げなきゃ、叩いたら。あれこれ考えますが、肝心なのは重心を落とし、地に足をつけて相手を見ること。落ち着きが最大の力を引き出します。

★2IMG_9991.jpg

緊張が高まる立ち合いの瞬間

 引退後は通信制の高校で学びつつ、コンビニや不動産会社で働きました。相撲部屋時代に施設を慰問で訪れたことがあり、コンビニで接客に関心を持ったことから、高校卒業後に介護の仕事に関心を持ち、最初は重症心身障碍者の施設で働きました。

 介護の世界でも落ち着きは大事です。自分があわてたら、入所者様もソワソワしてしまう。まず自分が落ち着くことが、相手にも安心感を与えると常に意識しているそうです。入所者様に接する前に、ふーっと深呼吸をして、肩の力を抜きます。

 慌ただしい時間はあっても、落ち着いた時間に会話を重ね、入所者様のことを少しでも知るように心がけています。目指しているのは資格を取ること。いいケアをするには知識が必要で、そのためには実務者研修や介護福祉士といった資格をとりたいと考えています。相撲部屋時代に高校に通いたくなったときのように、新たな向上心が芽生えているそうです。

 入所者様に力士時代の自分を「お尻出してこういうことやっていたんですよ」と笑いながら話すこともあります。「入所者様にはどこかで、入浴や排せつの介助のとき、恥ずかしいという気持ちがあると思いますけど、自分のことを話すことで、そうした気持ちが和らげばいいと思っています」。Yさんは、そんな話をしてくれました。力士時代の経験を糧に、これからも介護の現場を盛り上げてくれそうです。(剛)

★IMG_9888.JPG


Page Top