花ハウスだより

それぞれに長い人生の物語がある~良心からわき出てくる気持ち【施設の看取り2】【花ハウスの人々9】

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寂しすぎる最終到着地

 生まれてくるときは、みんなに囲まれて祝福されるのに、亡くなるときは孤独だな――。「よみうりランド花ハウス」副主任のTさん(46)は、20年ほど前に訪問介護の仕事をしていたときの出来事を今も思い出します。

 当時、担当していた一人暮らしの男性は90歳を超えても、仕事を続けていました。口癖は「人生が続く限り勉強しなくちゃね」、いつも前向きな方でした。ある夏の日、インターホンを押しても応答がなく、朝刊が郵便受けに入ったまま。中に入ると、男性は熱中症で倒れていました。親類に連絡し、救急車で病院に搬送してもらい、そのまま入院しました。

 しばらくして、男性がだれもいない病室で息を引き取ったと、聞きました。家族もいない、何の音もしない無機質な部屋で亡くなったのだろうか。切なくなりました。人生の出発はにぎやかなのに、長い旅路の最終到着地は寂しすぎる。

施設は家、職員は家族

 花ハウスに来てからも、忘れられない出会いがありました。ちょっぴり辛口で元気な女性です。「あなたはもうクビよ」。厳しい言葉をもらい、へこみました。ところが、あるとき突然、「今までありがとうね」と別人のように優しい言葉をかけてくれました。

 いつもと違う感じに驚きました。「やめてくださいよ~」と返しましたが、間もなく亡くなられます。認知症の方は、看取りの時期が近づくとクリアになることがあると言われます。このときが、まさしくそうでした。

 担当していた期間は長くありませんでしたが、濃密なかかわりでした。亡くなられたときは涙がとまりませんでした。施設では、逝去された入所者様のご遺体が施設を出る時、職員が整列してお見送りをします。このとき、何人もの介護職員が泣いていました。施設は家、職員は家族のような存在なのです。

 もっと自分にできることはなかっただろうか。ご家族との接し方はあれでよかったのだろうか。学ぶべきことはたくさんあるように感じたTさんは、必要な知識を身につけようと終末期ケア専門士の資格を取ります。

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終わりない学び

 「終末期ケア専門士公式テキスト」(2版)には、入所者様と向き合うときの心構えが書かれています。「スピリチャルケア」の章には、「解決のできない悩み、取り去れない苦しみ、理不尽な思い、耐えがたき嘆き、それらを否定も評価もせずに、他人事ではなく自分事として聴く」「ケア者であるあなた自身がその人の前で自分を真摯に投げ出して初めて、相手の方も心の内を明かせる」とあります。まさに人としての度量が問われる場面です。

 目の前の現実を冷静に受け止められない家族にどう声を掛けるか。

 病院に運んで治療をして少しでも長く生きてもらいたい、施設にとどまって穏やかに過ごしてもらいたい――。二つの希望の間で引き裂かれている家族にどう説明するか。

 その時々で考えるしかなく、絶対の正解はありません。学びは途上、悩み続けています。

居室にその方の人生を

 入所者様は、お年を召されてから施設に来られます。若い頃は、ずいぶん様子が違った方もいらっしゃいます。今は地味な装いでも、若い頃はハンサムだったり、ハイカラだったり。それぞれに、それまでの長い人生を生きてきました。「今はこんなにやせていますけど、昔は太っていたんですよ」とおっしゃる方もいます。

 花ハウスでは、治療をしても回復は難しいと医師が判断した入所者様には、本人やご家族の意向を踏まえて「看取り介護」を提供しています。容体が悪化しても、原則として医療機関への搬送や延命治療は避け、安らかに最期を迎えられるようにサポートするのです。

 看取り介護を迎えた入所者様の、ご家族に、Tさんは、若いころの写真を持ってきてください、とお願いします。入所者様は共有スペースのリビングには出ず、居室のベッドにとどまる時間が長くなります。このためTさんは居室の壁に、その方の人生を象徴する写真や絵を散りばめたターミナルボードを設置します。例えば、漫画家だった入所者様であれば、その方の描いた漫画を並べて展覧会のように飾ります。入所者様の故郷の風景や花、詠まれた俳句を飾ることも。音楽が好きな方であれば、好きな曲を持ってきてもらい、流します。

 「味気ない壁と天井を眺めて過ごすよりも、人生を象徴するものに囲まれて過ごした方がいい」。居室に面会に訪れたご家族と、入所者様との会話もボードをきっかけに弾みます。

 花ハウスでは、コロナウイルスの感染が広がって入所者様のご家族への面会を制限した時期も、看取り介護の方は、状況の許す限り、居室での面会を続けていただきました。家族の方に入所者様との大切な思い出をつくってほしいからです。

★3★IMG_7765.jpg漫画家だった入所者様の居室に飾られたボード

認知症の方々は瞬間を生きている

 「認知症の方は瞬間を生きています」。認知症の方が大半を占めるフロアを担当するTさんの実感です。見たり聞いたりしたことを、長く覚えていられなかったとしても、その時々に心に刻むものがあるはず、という意味です。例えば、家族と面会したあと、「どなたと会われていたんですか」とたずねます。「知らない人」という答えが返ってきたとしても、表情はどこか和らいでいます。「大切な人に会っている」という実感はあったはずです。

 どうせ覚えていないから、ではなく、その瞬間に何かを感じてもらう。ふと部屋で目覚めたときに、壁に飾られた写真や作品、好きな音楽に反応して、表情が明るくなったり、嬉しそうな声を出したりする入所者様がいます。

 そんな様子を見るたびに、自分の中にある「良心の塊」から、「あれもしてあげたい」「これもしてあげたい」と、気持ちがあふれ出てきます。こうやって喜びの瞬間を感じてもらうことこそ、自分のやりたかったことだと、最近考えるようになりました。

 認知症の方と接していると、いろんな気づきがあります。「自分の心がわさわさしていると、入所者様もどこか落ち着かない。でも、自分がどっしりと構えていれば、みんなも落ち着いてくれる。入所者様は、自分の心の様子を教えてくれます」。Tさんは、愉快そうに話してくれました。

 花ハウスのフロアで、笑顔を見たり、笑い声を聞いたりすると、何だかホッとします。きれいな景色や花を見ることに似て、心が癒されます。きっと入所者様にとっても、同じではないかと想像しています。(剛)

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