花ハウスだより

人生の最終章の現場~寄り添うことの力を信じて【施設の看取り3】【花ハウスの人々10】

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自分だったらどう感じるか

 大学で高齢者福祉を学んだSさん(34)は卒業後、傾聴ボランティアをしていた「よみうりランド花ハウス」にケアワーカーとして就職しました。介護を志したのは、献身的に祖父を介護していた母の背中を見ていたからだそうです。

 笑みを絶やさず、穏やかなたたずまい。入所者様に徹底して寄り添う芯の強さがあります。「忙しくてもぶれることなく、入所者様や職員に優しく接している」とは同僚の言葉です。

 尊厳死や人工中絶、自殺といった生と死をめぐる社会問題が注目されていたため、大学では死生学も学びました。日常生活でタブーとされ、遠ざけられていた死に正面から向き合い、終末期医療のあり方や尊厳死、安楽死についても考えるものです。

 それでも、介護職員として施設に勤め、入所者様が亡くなる場面に初めて立ち会ったときは身体が震えました。心臓マッサージをする先輩職員をただ見つめるだけで、物品を運んだりするのが精いっぱいでした。「身内でない方が亡くなる場面に立ち会う経験は衝撃でした。最初はご遺体に触れるのにも勇気がいりました」

 これまでに多くの方の看取りに立ち会いましたが、いまだに緊張すると言います。常に考えるのは、もし自分だったら、どう感じるだろうか、ということ。どういう姿勢が楽だろう。枕の入れ方や、身体の向きは――。話すことの難しくなった入所者様の表情を見ながら考えます。

 ご家族があまり面会に来られない方が、看取りに近づいたときには、同僚のケアワーカーと協力して居室でなるべく寄り添うようにします。

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最後まで自分らしく好きなことを

 何人もの忘れられない入所者様がいます。

 俳句の好きなNさんという入所者様がいらっしゃいました。目はほとんど見えません。リビングの風の当たりやすい席がNさんの指定席。季節を感じ、句をしたためていました。ベッドの傍らには女性が詠みためた句を収めたアルバムがありました。そのなかの一句をSさんが読み上げたときのことです。

 「夕案山子(かかし)両手に明日の陽をつかむ」

 Nさんは「あらっ、あなたいい句詠むのね」と笑みを浮かべました。「Nさんが詠んだんじゃないですか~」と返すと、「そうなの?」と嬉しそうで、自分も楽しくなりました。

 食べることも大好きでした。手探りでお皿を持ち、「おいしいわ~」と召し上がられました。ですが、だんだんと食事がとれなくなりました。しばらくすると、食べると吐いてしまうことが増え、お粥や刻んだ食事を提供しても、嘔吐が続きます。吐いてしまわないように少しずつ食べてもらっていましたが、食事も水分も受け付けなくなります。「どうして食べられないのかしら」とNさんは寂しそうにつぶやいていました。

病院か施設かという選択

 Nさんとご家族は、病院で胃に管で栄養剤をいれる「胃ろう」を設置する手術を受けるか、施設で看取り介護を受けるかの選択を迫られることになりました。ただ、病院内で新型コロナウイルスの感染が広がるのを防ぐため、入院すると最後の看取りのとき以外に面会は一切できないと、病院から告げられます。

 当初、家族は胃ろうの手術を受けることも考えていましたが、Nさんは「このまま(家族と)会えなくなるのは嫌。私はここで十分幸せ、ありがとう」と施設に残ることを希望します。その意思をご家族も受け入れ、約3週間後、Nさんは施設で旅立たれました。

 亡くなる日まで、家族は毎日面会に来られました。Sさんも同僚と一緒に亡くなる直前まで耳元でNさんの名前を呼び続けました。延命治療をしなかったことで、家族に後悔の念が残ってしまわないか、職員には不安も残りましたが、「これでよかった」と納得してくれたようでした。

 病院に行って治療を受けるか、施設にとどまって穏やかな日を過ごすか。多くの入所者様やご家族も直面する選択です。病院では高度な医療が受けられますが、施設では無理です。一方、施設では、病院に比べて自由度の高い、その人らしい生活を送るサポートを受けることができます。入所者やご家族は、それまでの人生や、そのときどきの健康状態に照らして、悩みを重ねます。そこに寄り添い、力になるのがケアワーカーです。

 「生活支援の場のターミナルケア 介護施設で死ぬということ」(高口光子著)には、こんな一節がありました。「病院で死ぬということは、病名で死ぬということです。施設で死ぬということは、職員との人間関係をもって、ただひとつの『私』の名前で見送られるということです」。病院では患者でも、施設では生活者です。介護職員は、施設での介助を通して培った入所者様との人間関係を育みつつ、その最終章を伴走します。

 誰かを幸せにすることに、自分も幸せを感じる。介護の現場で働くために何よりも大切なのは、だれかのためになりたいという純粋な気持ちなのかもしれません。(剛)

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